谷口知聡によるプログラム・ノート
- 4月11日
- 読了時間: 6分
by 廻 由美子

【新しい耳】@B-tech Japan 2026
〜モダン・タイムス〜第2弾!
4月25日(土)谷口知聡(ピアノ)
〜輝く迷宮〜
小倉美春:Rifrazione (2024)
ジャチント・シェルシ:ピアノのためのプレュード第二巻 (1930/1940)より、第13番、第14番、第15番、第18番、第23番、第24番
ベーラ・バルトーク:戸外にて Sz.81 (1926)
谷口知聡さんのコンサートもだんだん近づいてきました!
今日は谷口さんご自身によるプログラム・ノートを掲載いたします。
すべてにおいて手を抜かない谷口知聡さんですが、このプログラム・ノートも、いかに集中力を持って書かれたかが伝わってくる内容となっております。
演奏家として作品を見つめるまなざしが、尊敬、畏怖、憧憬に満れているのはもちろんのことですが、音楽家同士の時空を超えた深い交流、ミュージシャン・シップも感じられる素敵な文章です。
どうぞお楽しみください。
〜輝く迷宮〜プログラム・ノート
谷口知聡
「モダン・タイムス」いうワクワクするテーマに寄せるプログラム、今回は図らずもピアノを弾くことと関係の深い作曲家を3人取り上げることになった。
まず一人目に取り上げるのはこの音楽祭にも度々登場なさっている小倉美春さん。
今日の素晴らしいピアニストでありながら作曲家としても国際的なキャリアを積まれている、若手の中でもとても稀有な存在だ。
そんな小倉さんだが、実は不思議なご縁で私にとっては10代前半から背中を見せ続けてくださっている先輩でもある。
最初は通っていた音楽教室のコーラスの授業でたまたまパートが近かったお姉さんだったのが、高校からは同じ門下の先輩として、大学を卒業してヨーロッパにいる今では、プロの音楽家として変わらずその大きな背中を見せ続けてくださっている。
これまでフランスとイタリアで新作初演に携わらせて頂く機会に恵まれ、特に2024年秋にヴェネツィア・ビエンナーレで30分の大作を初演させて頂いた際には、この新作を必ず日本でも取り上げた
いという気持ちを強く抱き、今回その気持ちが形となり紹介させて頂く機会となった。
正直この初演ほど大変な本番はそれまで経験がなく、素晴らしいピアニストがピアノのために曲を書くと、こうもとてつもない作品が生まれてしまうのか、と感嘆すると共にあまりの大変さに泣きながら準備をしたことは忘れられない。
個人的なリベンジ、というと少しニュアンスが異なってしまうが、我らが新しい耳の主宰、廻由美子ディレクターの名言「技術は知性」をまさに体現する作品で、ここまで厳格な書法にも関わらず滲み出る知性が聴かれるこの作品の素晴らしさを出来るだけ丁寧に表現できることを願う。
次に取り上げるのが、イタリアのジャチント・シェルシ。
音楽史で彼の名前が挙がる場面といえば、若き日のグリゼーとミュライユが会いに行った人、というくだり。
彼らはシェルシの音の捉え方からインスピレーションを得てスペクトル楽派(倍音をスペクトル解析することによる作曲法)を提唱するが、シェルシ本人が深掘りされる機会はとても少ない。それもそのはず、語られたとしてもゴーストライター疑惑が取り沙汰されたり、若干つかみどころのない「変わった人」として捉えられるからだ。
若かりし頃のシェルシはまず十二音技法を学んだが、おかげで自分の音楽を見失ったために精神を病んで精神病院に入れられてしまう。
どんな治療法を試しても病状は回復しなかったが、ある日病院に置かれていたピアノをおもむろに弾き始め、一つの音だけを執拗に何度も何度も弾き続けたそうだ。周りから見ればまさに狂人の沙汰だが、本人にとってはこれが自身の音楽の発見へとつながり、ケロッと回復して退院したのだそうである。シェルシが革新的だったのはまさにこの新しい「聴き方」にあった。
当時主流となりつつあった、音と音の相互関係の上に成り立つセリエリズムの発展と異なり、一つの音の中にある複数の要素に耳を傾ける彼の「聴き方」は、当時大変新しいだけでなく、私はある種の即興性を切り開くものでもあったと思う。
偶然今私が在籍しているパリ国立音楽院のジェネレイティブ・インプロヴィゼーション科では、まさに誰かが弾いた一音の中にある要素を異なる楽器で共有していくという即興法をとるが、彼もピアノで即興しながら音楽を作り、気に入ったものがあれば他の作曲家に書きとらせ、それに自分のサインを入れて曲を発表していた。出した音に耳を傾け、その残響からさらなる音が生まれていくことで生き生きとした音のジェスチャーが生まれる。
このジェスチャーこそが、今回お聴き頂くプレリュードにも聴かれる1番の魅力であり、彼の音楽がシェルシたらしめるゆえんなのではないかと思う。
最後に取り上げるのはベーラ・バルトーク。
彼もピアニストとして活躍した作曲家であり、生前はピアノ科の教授としての顔が色濃かったのではないかと思う。
〈戸外にて〉は、バルトークがピアノを打楽器として扱うことでピアノの本来の特色が引き出される、という考えに至った時期の作品の一つとされ、採集を行なっていたハンガリー民謡に加えて様々な打楽器やバグパイプ、それにハンガリーの自然の音(特にカエルの大合唱(!))などが作品に取り入れられている。
作曲家の顔写真を見る度に、私はバルトークの目の鋭さに全てを見透かされているような気持ちになるのだが、作品に取り組むたびに彼が普通見ないようなところまで見通していたような気がしてならない。
特に4曲目の「夜の音楽」では、静謐な空間の中、目に見えるもの目に見えないものを問わず、その土地に遥か昔から根付く人々の息遣いや声、踊りの感覚が聴かれるように感じ、呼応し互いに響きあう魂が時空を超えて姿を現すように思う。
(2026年3月)
関連ブログ

谷口知聡 / Chisato Taniguchi
桐朋女子高等学校音楽科を経て桐朋学園大学音楽学部ピアノ専攻を卒業後、奨学助成金を得て渡仏。
パリ国立高等音楽院第二課程ピアノ科をFlorent Boffard氏の元で修了し、現在同音楽院の第二課程室内楽科及び第三課程現代音楽科に在籍。
これまでに南仏のラ・ロック=ダンテロン国際ピアノ音楽祭やイタリアのヴェネツィア・ビエンナーレ、ハンブルクのマルタ・アルゲリッチ音楽祭など、主要国際音楽祭に招かれリサイタルなど行う他、2023年に出演したラ・フォル・ジュルネ東京では東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団と共演。
2023年春にはレジデンスアーティストとして、アンリ・デュティユー財団が運営するMaison Dutilleuxに1ヶ月の滞在を許され、フランスのサントル=ヴァル・ド・ロワール地方でリサイタルやレッスンなどを行う。
2022年に第15回オルレアン国際ピアノコンクールで第2位、及び「アンリ・デュティユー レジデンス-ジュヌヴィエーヴ・ジョワ」賞を受賞。
また、2020年に行われた第14回現代音楽演奏コンクール”競楽XIV”で第1位を受賞。
2026年4月3日・記 |





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