by 廻 由美子

2025年 7/20(日)15:30開演(15:00開場)
曺佳愛(チョウ・カエ・pf)
〜アジアを繋ぐ次世代2020s〜
ウンスク・チン:Six Piano Etudes No.1“ In C ”(1999)
尹伊桑:Interludium A for Piano (1982)
戸島美喜夫 :ヴェトナムの子守唄 (1980)
高橋悠治:光州1980年5月 ~倒れた者への祈祷~ (1980)
Hope Lee:entends, entends la passé qui marche...(1992)
7月は若い世代のピアニスト、曺佳愛(チョウ・カエ)さんが初登場です!
韓国にルーツを持ち、日本と韓国双方の文化の中で育った曺さんが構成したプログラムは、上記のようにアジアの作曲家が並びました。
21世紀に生まれた曺佳愛さんにとって、1980年代、90年代はすでに歴史ですが、時代の空気を受け継ぐことのできる「近い過去」です。作曲家自身から話を聞くチャンスもまだまだあります。
その上で、「今」の視点で新たに思考し、感じ、表現していくことで、音楽を常に新鮮な状態にしておくことができますね。
まさに生きた音楽、となるわけです。
さて、まさに「新たに思考」している最中の曺佳愛さんですが、今回のプログラムの中から、まずは韓国にルーツを持つ作曲家2人、ウンスク・チンと尹伊桑(ユン・イサン)についての曺さんの文章をご紹介いたしましょう。
ウンスク・チンは1961年生まれで、現代の重要な作曲家の一人で、ベルリンに在住しています。
彼女の作品演奏はものすごく難しいのですが、聴こえてくる音楽は美しく、樹氷のような透明感にあふれ、硬質な光の乱舞のようです。
尹伊桑は1917年、日本統治時代の朝鮮に生まれ、1995年西ドイツ(当時)でその大変な生涯を終えています。
大変な生涯、とひとことでは言えないほどですが、1967年に西ベルリン(当時)で拉致されてソウルに強制送還され、その後、拷問され、死刑宣告まで受けています。
ストラヴィンスキーとヘルベルト・フォン・カラヤンが、彼を助けるために200人余りの署名を集め、その中にはリゲティやシュトックハウゼンも名を連ね、世界的な問題になりました。
1969年に特赦で釈放されましたが、とはいえ、西ドイツに追放され、韓国国内では尹伊桑の演奏は長らく禁止されたのです。今回の作品も、母国に住めず、母国で演奏されない、という状態の中で書かれています。80年代激動の韓国を、遠くにありながら、身体全部で受け止めているようです。
忘れてはならない近い過去です。
では曺佳愛さんの文をお読みください。
Unsuk Chin(チン・ウンスク)
《ピアノのための6つのエチュード(Six Piano Études)》より 第1番「In C」
(1999年/改訂版2003年12月16日、東京オペラシティにて初演)
Unsuk Chinは、韓国出身で現在はベルリンを拠点に活躍する作曲家である。
彼女の音楽には、精緻な構造と大胆な響きが共存しており、私自身、彼女ならではの繊細かつ緻密な表現に強く惹かれている。
現代音楽の作曲家の世界はいまだ男性中心の傾向が根強く残っていると感じるなかで、Unsuk Chinのように国際的に認められている女性作曲家の存在は大きく、作品からもその確かな力量と個性が伝わってくる。
例えば、「現代 作曲家 イラスト」と検索すると、出てくるのはほとんどが男性像だ。医師や学者なども同様だ。そうした中で名を上げ、活躍している女性作曲家たちは、才能と創造力において確かなものを持っていることは疑いようがない。
「In C」は、タイトル通り”C(ド)“の音を基点とし、その倍音構造から生まれる豊かでマジカルな響きが特徴だ。演奏者は、目まぐるしく変化する音色と奏法に追いつきながら、次々と現れる新しい音の語法を手探りで追いかけるような感覚になる。
私にとってこの曲を演奏する感覚は、まるでダイヤモンドを様々な角度から光に当てて眺めているよう。透明でありながら虹色に輝き、時には何かの柱越しに見るような不思議な屈折もある。細い糸をスーッとほどいていくような繊細な触感もある。その不思議な立体感が魅力である。エチュード(練習曲)というタイトルがついているが、その範疇には到底収まらない、宇宙的な広がりを持った作品だ。
ベルリンで長く活動する彼女の作品には、西洋的なモダニズムの影響が色濃く表れる一方、韓国出身であるというアイデンティティも密かに感じられる。どの文化圏にも収まりきらない自由な音楽観と、強靭な美意識に裏打ちされた作品世界に、私は深く共感を覚える。重力や磁力のような不可視の力を音にしたようなこのエチュードは、ピアノという楽器の可能性を新たな次元へと開いてくれる。
尹伊桑(ユン・イサン)
《Interludium A for Piano》(1982)
ピアノ独奏でありながら、韓国の伝統楽器の、重く、深く、そして潔い音から始まる本作には、「憑依」という言葉がぴったりだと私は感じている。どこか古い寺院と関連のある宗教的な響きを持った音楽である。
時に、音楽は言葉よりも強いメッセージを持ち得ると私は考えているが、本作にはまさに、言葉を超えるような、生々しく強烈な経験が刻み込まれている。即興的なようでいて、それ以上に「即興であるしかなかった」という切迫感を持った楽譜の書き方は、まるで苦しみや葛藤に取り憑かれたような、怒涛の状態を映し出しているようだ。
尹が生まれ育った韓国は、1980年代、特に解放後の激動の時代にあり、社会的にも非常に不安定で困難な状況にあった。音そのものというよりは、嵐のように移り変わる響き、激しくうねる音楽が、そのような時代の空気や感情を雄弁に物語っている。演奏者も聴衆も、この音楽に向き合うには相応のエネルギーを要する。
後述する高橋悠治氏との関わりもあり、両者とも韓国の伝統や歴史を作品に深く織り込んでいる。演奏面でも、音数が多くスケールが大きいこのダイナミックな作品には、演奏技術のみならず、深い理解と精神的集中が求められる。しかしそこには、確かな「歌」と、伝統楽器の独特なリズムや響きが内包されており、それをピアノで再現しようとする音の選び方や和声の運びは、強烈さを通り越して、美しさと潤いさえ感じさせる。
静寂な寺院を思わせる佇まいを持ちながらも、憑依的で、理屈では捉えきれない何かが宿る不思議な作品である。
余談ではあるが、私はかつて韓国舞踊を学んでおり、全国コンクールで1位を受賞した経験がある。そうした体験からも、この作品に流れる民族的なリズムや身体感覚が、どこか懐かしく、深く身体に染み込んでくるように感じられるのだ。
曺 佳愛(ピアノ) Kae Cho
桐朋学園大学 ピアノ科を卒業し、現在 同大学院修士課程1年に在学中。
第24回 万里の長城杯国際音楽コンクール ピアノ部門 第3位。ザルツブルク=モーツァルト国際室内楽コンクールin Tokyo2023 Special mention賞の受賞をはじめ、
これまで多数の賞を受賞。2022年に桐朋学園大学”春のオープンキャンパス”に出演。同年より、世界の社会問題と関連するチャリティーコンサートを始め、各種演奏会を年に数回主宰及び出演し、これまで動員数300名以上をもたらした。調布国際音楽祭2023に出演。各地音楽祭に、ピアノクインテット(ピアノ五重奏)のメンバーとして出演。現在東京を拠点にソロ、室内楽、現代音楽のアンサンブルや演奏、
また音楽解説(プログラムノート)の執筆など、多岐にわたる活動を行う。
2024年度 韓国教育財団奨学生。これまで、ヴィクトア・トイフルマイヤー、ウラジミール・トロップの各氏のセミナーを受講。現在、廻 由美子氏に師事。
こちらのブログ「アジアを繋ぐ次世代とは?」も合わせてお読みください
2025年5月23日・記
記事の全アーカイヴはmimi-newsで!
mimi-tomo会員(無料)になっていち早く情報をゲット!