山田剛史プログラム・ノート
- 2 日前
- 読了時間: 7分
by 廻 由美子

【新しい耳】@B-tech Japan 2026
〜モダン・タイムス〜
2026年
3月1日(日)
15:30開演(15:00開場)
山田剛史 (ピアノ)
〜響きの鏡〜
反転し、呼応する音。
バッハとヒンデミット、2つの時代の音が反射し、戯れ、お互いを映し出す。
J.S.バッハ :イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971 (1735)
P.ヒンデミット :ピアノ音楽 Op.37 第1部 「練習曲:3つの小品」(1925)
P.ヒンデミット : ルードゥス・トナリス(音の戯れ) (1942)
いよいよ「新しい耳」2026〜モダン・タイムス〜も近づいて来ました
。
オープニングに登場なさる山田剛史さんが、素晴らしいプログラム・ノートを書いてくださいました!
頭脳明晰であることとクレイジーになることは両立するし、研究することと「遊ぶ」ことは同じだし、構造を知ることで、より自由に即興的になれる。愛することはもっと知りたいと思うこと、と山田さんの文章は語ってくれるようです。そしてそれは、いつも山田さんが演奏で語ってくれていることです。
では、どうぞお読みください!
プログラム・ノート
山田剛史
J. S. バッハ (1685-1750) :イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971 (1735) 〜《クラヴィーア練習曲 第2部》より
Johann Sebastian Bach: Concerto nach italienischem Gusto BWV 971 aus Clavierübung Teil Ⅱ
第1楽章
第2楽章 Andante
第3楽章 Presto
P. ヒンデミット (1895-1963) :ピアノ音楽 Op.37 第1部 〈練習曲:3つの小品〉 (1925)
Paul Hindemith: Klaviermusik Op.37 Erster Teil "Übung in 3 Stücken"
第1曲 Schnelle Viertel, durchaus sehr markiert zu spielen 速い四分音符で 断じて明確に奏すること
第2曲 Langsame Viertel - Prestissimo 遅い四分音符で - 急速に
第3曲 Rondo: Äußerst lebhaft ロンド:きわめて生き生きと
休憩
P. ヒンデミット (1895-1963) : ルードゥス・トナリス[音の戯れ] (1942) ― 対位法、調性、ピアノ奏法の練習 ―
Paul Hindemith: Ludus Tonalis - Kontrapunktische, tonale, und klaviertechnische Übungen
前奏曲 Praeludium: Moderate - Arioso, quiet - Slow - Solemn, broad
第1フーガ ハ調 Fuga prima in C: Slow
間奏曲 Interludium: Moderate, with energy
第2フーガ ト調 Fuga secunda in G: Gay
間奏曲 Interludium: Pastorale, moderate
第3フーガ ヘ調 Fuga tertia in F: Andante
間奏曲 Interludium: Scherzando
第4フーガ イ調 Fuga quarta in A: With energy - Slow, grazioso - Tempo primo
間奏曲 Interludium: Fast
第5フーガ ホ調 Fuga quinta in E: Fast
間奏曲 Interludium: Moderate
第6フーガ 変ホ調 Fuga sexta in E♭: Quiet
間奏曲 Interludium: March
第7フーガ 変イ調 Fuga septima in A♭: Moderate
間奏曲 Interludium: Very broad
第8フーガ ニ調 Fuga octava in D: With strength
間奏曲 Interludium: Very fast
第9フーガ 変ロ調 Fuga nona in B♭: Moderate, scherzando
間奏曲 Interludium: Very quiet
第10フーガ 変ニ調 Fuga decima in D♭: Moderately fast, grazioso
間奏曲 Interludium: Allegro pesante
第11フーガ ロ調(カノン) Fuga undecima in B (Canon): Slow
間奏曲 Interludium: Valse
第12フーガ 嬰ヘ調 Fuga duodecima in F♯: Very quiet
後奏曲 Postludium: Solemn, broad - Arioso, quiet - Moderate
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私は自分のリサイタルのシリーズに「音の⋯」というタイトルを付けてきたが、最初の2015年の回を、私は「音の遊び」と名付けた。ハイドンからエリオット・カーターまでを巡り、ショパンの3番のソナタで終わるこのリサイタルのプログラムは今でも私の最もお気に入りのものだが、このタイトルは無論ヒンデミットの作品から借用した。当時のプログラムノートに私はこう記した。
「音の遊び」、すなわちルードゥス・トナリス(Ludus Tonalis)というタイトルの作品を、1942年にヒンデミットは書きました。純粋な音の運動、そして音と音との関わり合いに焦点を当てた演奏会をしたいと思いました。不確かなことが多すぎるこの世界の中で、音の純粋な『確かさ』というものが与えてくれる喜びは、計り知れません。
当時、まだ《ルードゥス・トナリス》は全く手がけていなかったが、言霊というべきか、その後10年をかけてこの曲を弾くような道筋が自然と出来上がっていった。いま現在、当時に輪をかけて“不確かな”時代となり、ともすると音の『確かさ』という言葉自体も空虚に響くように感じる。普遍的な何かを抽出する作業は、正確な点を取ることよりも、面や空間、流れの中でアナログ的に行われるのが良いのだろうと、今では思う。
本日演奏する3つの作品は、いずれも Übung 練習、訓練 と銘打たれている。ピアノという楽器の書法をとことん追求したエチュード(練習曲)という意味合いだが、バッハとヒンデミットの両者共が選んだこの味も素っ気もないタイトル、逆に無限の創意を羽ばたかせるようで私は好きだ。
〈イタリア協奏曲〉は、バッハの作品の中で最も“モダン”な曲であり、作曲当時から高い人気を博した。イタリアの協奏曲のスタイルで作曲するとは、今日でいえばジャズのスタイルで作曲するというような事だった訳で、スパッと切るフレーズの終わり、シンコペーションのオンパレードなど、バッハは確信犯的にその手法を徹底している。イタリアの土の香りのする第2楽章では、簡素な伴奏形の上に息の長いフレーズをひとつひとつ丹念に構築していくバッハの至芸が聴かれ、また両端楽章でのトゥッティ(総奏)とソリ(独奏あるいは独奏楽器群)の交代も、目が覚めるように鮮やか。この〈イタリア協奏曲〉と、対照的にフランス宮廷の権威の厚みを感じさせる長大な組曲〈フランス風序曲〉の2作が、《クラヴィーア練習曲Clavierübung 第2部》としてまとめて出版された。
ヒンデミットの《ピアノ音楽》という、これまたおそろしく愛想のない厳格なタイトル。第1部は〈3つの部分に分かれた練習曲 Übung in 3 Stücken〉。第2部は13曲からなる〈一連の小品 Reihe kleiner Stücke〉。この構成からして既にバッハの《クラヴィーア練習曲 第2部》からの残照が感じられるが、音楽の中身自体も、バッハに劣らぬ高度な対位法の技術によって、本来決して組み合わされることのないような音たちがギリギリの均衡の上に出会い保たれており、そのスリルを味わっていただくのが醍醐味かと思われる。左右の手の完全な独立、複雑なリズムのパズル、極端な暴力性…これが1920年代という時代のエネルギーだろうか。リゲティの《練習曲集》(1985年〜)を60年先取りしていることに驚かされる。第3曲「ロンド」は自動演奏ピアノのために編曲されたが、この辺りの経緯もリゲティの練習曲と似ている。第3曲半ばには、バッハの署名として知られる B-A-C-H(シ♭ - ラ – ド – シ♮)音型も突然登場。
ナチスとの確執の末、アメリカに移住したヒンデミット。1930年代にヨーロッパでの活動が制限され始めた辺りから彼の作風は明らかに思慮深くなり、語法的にも整理されて論理性を帯びる。『作曲の手引』(1937年出版)などの理論書をまとめ始め、亡命先のトルコやアメリカでは積極的に教育に携わる。
1942年にアメリカで書かれた《ルードゥス・トナリス》は、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》と同じアイディアで書かれた、全ての調に基づく前奏曲とフーガである。《平均律クラヴィーア曲集》はドの音から順次半音ずつ上がって行く並びで24の長短調すべてを辿るが、《ルードゥス・トナリス》は、『作曲の手引き』の中で言及されている第1音列 Reihe 1 、すなわちドの音の中に含まれる自然倍音列に耳を傾け比率を計算し、彼なりの理屈で12の音をドに近しいものから遠いものまで並べた音列 ド - ソ - ファ - ラ - ミ - ミ♭ - ラ♭ - レ - シ♭ - レ♭ - シ - ファ♯ の順に12のフーガが並ぶ。(長調と短調は区別されない)
これは太陽から近い順に水星、金星…と並んでいく太陽系の惑星の並びを思わせ、曲を聴き進むうちに自分がいかに最初の調から離れて来たかを実感させる。(これは実はバッハの場合も同じこと)
さらに、前奏曲とフーガが行儀よく順に並んで進むバッハとは異なり、ヒンデミットは前奏曲と11の間奏曲、後奏曲で12のフーガを挟み、シンメトリックな構造を作った。実は前奏曲の楽譜を上下逆さにひっくり返して音を読むと、何とそのまま後奏曲になっている。何たる遊び心、そしておそろしい計算!第3フーガは曲の真ん中から鏡のように音楽がそっくり逆行(逆再生)し、第10フーガは曲の真ん中からそっくり上下が反行する。
曲のちょうど真ん中、第6フーガの後の間奏曲ではヒンデミットお得意の軍楽行進曲のリズムで音楽を仕切り直し(バッハの場合はこういった箇所に華々しいフランス風序曲をしばしば置いた)、そのさらに半分のところには少し立派なフーガを配して目印にしている。すなわち第4フーガ(二重フーガ)と、第9フーガ(反行、逆行、拡大などの“全部乗せ”フーガ)。
バッハもヒンデミットも、巨大な自分の音のカタログを編纂するという意味でまったく共通しているが、百科事典・聖書としてのバッハ、数学書・科学書としてのヒンデミット。時代精神の違いが面白い。
山田 剛史
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会場:B-tech Japan東京スタジオ
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2026年2月13日・記 |

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