ホープ・リー作品について
- megurin37
- 11 分前
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by 廻 由美子

2025年 7/20(日)15:30開演(15:00開場)
曺佳愛(チョウ・カエ・pf)
〜アジアを繋ぐ次世代2020s〜
ウンスク・チン:Six Piano Etudes No.1“ In C ”(1999)
尹伊桑:Interludium A for Piano (1982)
戸島美喜夫 :ヴェトナムの子守唄 (1980)
高橋悠治:光州1980年5月 ~倒れた者への祈祷~ (1980)
Hope Lee:entends, entends la passé qui marche...(1992)
前回のメルマガでは「戸島美喜夫〜ヴェトナムの子守唄」について書きましたが、今回は、台湾=カナダの作曲家、Hope Lee(ホープ・リー)の作品についてです。
「現代のカナダで最もシリアスであり、最も妥協を許さない作曲家」と評されるホープ・リー、その感性は鋭く、透徹していて、スピリチュアル、とも言えるものです。
ホープ・リーは1953年に台湾で生まれました。ご両親は中国本土から台湾に移ってきています。1967年に彼女はカナダに移住し、現在もカナダに在住です。
彼女の略歴をごくごくシンプルに書きましたが、その年代の社会背景を考えれば歴史の激流の中を必死で泳がなければならない大変な人生です。
「ご両親は中国本土から台湾に移って」と書くと簡単ですが、彼女が生まれる4年前の1949年、中国では毛沢東率いる中華人民共和国が成立、内戦に敗れた蒋介石は台湾に撤退しています。
「1967年に彼女はカナダに移住し」とこれまたシンプルに書きましたが、1949年から1987年まで台湾では戒厳令がしかれ、自由や人権が制限され、知識人などもの言う人々はたくさん投獄されたり処刑されたりした時代です。
私(廻)がホープに初めて会ったのは2014年、カナダのカルガリーでした。
まさに今回、曺佳愛(チョウ・カエ)さんが演奏する「entends, entends la passé qui marche...」(聴こえる、聴こえる、過去が歩いているのが...)を演奏しに行ったのです。
初対面の時、彼女の目があまりに知的な光で樹氷のように輝いていたので、この目の前には誰でも正直になるだろう、という強い印象を持ちました。
そして、初めてリハーサルをした時に、その目から涙が溢れてきて、無言でハグをしてくれたこと、忘れられない思い出です。
リハーサルを聴いたホープ・リーの脳内に去来したものが何であるか、それはあまりに深すぎて分かりませんが、無言のハグに、日本、台湾の歴史、彼女の人生、音楽の意味、様々なことが渦巻いたのが波動でわかりました。
コンサート後、親しい仲間と打ち上げをしている時に、あまり自分の過去は語らないホープが「台湾から逃げた時、自分は小さかったから、大事なものを持って逃げようと、ぬいぐるみとペンケースを掴み、親に『そんなもの捨てなさい』と言われた」という話をしてくれました。
その後、私は彼女の作品群をカナダで[across the veiled distances]というCDにする機会を得ましたが、夜中にドンドンと叩かれるドアの音や逃げる恐怖などが迫ってくるような作品もあれば、中国古代詩の壮大なスケール感を持つ作品もあり、あのキラキラした目に映るものの奥深さに打たれるばかりでした。
曺佳愛(チョウ・カエ)さんはこの作品に出会って、まさに「打たれ」てしまい、今回演奏することにしたのです。
ホープ・リーにその話をしたところ、「あの作品が新しいジェネレーションに響いたこと、とても嬉しい」という言葉をくれました。
この作品はサウンド・ファイルを使用し、スピーカーから流れる出る魂と会話するように弾いていくのですが、空中には無数の過去の魂が存在し、現在の魂と交差し、未来へと繋がっていく、ということが、頭ではなく、五感で感じられる作品です。
曺佳愛さんはこの作品で「魂が洗われる」という感覚を味わった そうです。
「美しさや煌めきだけではない。そこには、孤独、悲しみ、記憶、別れ、そして人間の持つ深い問いが刻まれていた。音の一粒一粒に、まるで人の人生が宿っているようだった。」
と書いています。
この作品が、曺佳愛さんのような新しい世代に受け継がれていくことの大切さを感じています。
曺佳愛さんの文章、どうぞお読みください。
Hope Lee ホープ・リー
《entends, entends la passé qui marche…》(1992)
ピアノ独奏とステレオ・スピーカーからの音響を組み合わせて演奏される。
この作品に初めて触れたとき、私はただ音に包まれるという体験を超えて、「魂が洗われる」という感覚を味わった。
それは、美しさや煌めきだけではない。そこには、孤独、悲しみ、記憶、別れ、そして人間の持つ深い問いが刻まれていた。音の一粒一粒に、まるで人の人生が宿っているようだった。
物質的な世界と霊的な世界が交錯するような響きに、観客は包まれ、心の深層に引き込まれていく。
ホープ・リーは、台湾出身でカナダに移住した女性作曲家であり、その移民としての経験が、彼女の音楽に深く息づいている。
心身に染み込むような孤独や、アイデンティティの揺らぎ、異国に生きる者としてのスピリチュアルな痛みや気づきが、無数の星のようにこの作品の中に輝いている。
そしてその中には、唸るような、あるいは確かに「恐ろしいもの」さえも入り込んでいる。そこには、言葉にできないような痛みや恐れ、闇のような感情が密かに潜んでいる。
音楽は時に、言葉よりも遥かに深く、真実を語る。この作品から伝わるものも、まさにそうした「語り得ぬもの」だった。
電子音の背後には、静かな呻き声が聴こえるような感覚がある。煌めきの中に潜む影。豊かさの中にある空虚。過去が未来に忍び寄る足音。その全てが、重層的に交差しながら、聴く者の内面に染み込んでくる。
この作品は、単なる電子音楽ではない。ホープ・リーという一人の作曲家の記憶と経験、人間としての哀しみと強さが、音という形で結晶化したものだ。
物質的な何かというよりも、人間のスピリットの動きが深く感じられる。聴く者を精神の奥底へと引き込んでいくような、そんな強い力を持った音楽だ。
曺 佳愛(ピアノ) Kae Cho
桐朋学園大学 ピアノ科を卒業し、現在 同大学院修士課程1年に在学中。
第24回 万里の長城杯国際音楽コンクール ピアノ部門 第3位。ザルツブルク=モーツァルト国際室内楽コンクールin Tokyo2023 Special mention賞の受賞をはじめ、
これまで多数の賞を受賞。2022年に桐朋学園大学”春のオープンキャンパス”に出演。同年より、世界の社会問題と関連するチャリティーコンサートを始め、各種演奏会を年に数回主宰及び出演し、これまで動員数300名以上をもたらした。調布国際音楽祭2023に出演。各地音楽祭に、ピアノクインテット(ピアノ五重奏)のメンバーとして出演。現在東京を拠点にソロ、室内楽、現代音楽のアンサンブルや演奏、
また音楽解説(プログラムノート)の執筆など、多岐にわたる活動を行う。
2024年度 韓国教育財団奨学生。これまで、ヴィクトア・トイフルマイヤー、ウラジミール・トロップの各氏のセミナーを受講。現在、廻 由美子氏に師事。
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文中のHope Leeの作品CDはこちらでも聴くことができます。
ナクソス
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entends, entends la passé qui marche...
(聴こえる、聴こえる、過去が歩いているのが...)
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2025年6月26日・記
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