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高橋悠治「光州」

  • megurin37
  • 6月19日
  • 読了時間: 5分

by 廻 由美子

2025年 7/20(日)15:30開演(15:00開場)

曺佳愛(チョウ・カエ・pf)

〜アジアを繋ぐ次世代2020s〜

ウンスク・チン:Six Piano Etudes No.1“ In C ”(1999)

尹伊桑:Interludium A for Piano (1982)

戸島美喜夫 :ヴェトナムの子守唄 (1980)

高橋悠治:光州1980年5月 ~倒れた者への祈祷~ (1980)

Hope Lee:entends, entends la passé qui marche...(1992)

前回のメルマガでは「ウンスク・チンと尹伊桑」について書きましたが、今回は尹伊桑の友人でもあった高橋悠治の1980年の作品「光州1980年5月〜倒れたものへの祈祷〜」についてです。

題名からもわかるように、これは光州事件について書かれた作品ですが、光州事件をごく簡単に説明しますと、


1980年5月18日、韓国の光州市を中心とした学生や市民が、民主化要求のためのデモを起こします。

鎮圧しようとする戒厳軍との衝突は次第に激しくなり、軍による一斉射撃などで多数の市民が殺されました。

その前後もあり、87年の民主化にもつながり、こんなに簡単に言える事件ではないのですが、ものすごく簡単に要約するとこうなります。

故郷に戻れない尹伊桑(ユン・イサン)は西ベルリンで光州事件のニュースを知り、テレビを見ながら涙を流していた、と、なにかの記事で読んだことがあります。

事件を知った画家の富山妙子が、ものすごいスピードで版画作品を制作し、それに高橋悠治がこれまたものすごい勢いで作曲をし、スライドとピアノの作品「光州1980年5月〜倒れたものへの祈祷〜」が出来上がりました。

高橋悠治の音楽は、簡潔で恐ろしく強靭で、鋭く、美しく詩情にあふれています。

曺佳愛(チョウ・カエ)さんは高橋悠治のこの作品に出会い、夏休みを利用して光州広域市まで行き、記念館を見たり、人からその当時の話を聞いたりして、光州を「体感」してきました。

曺さんが書いた高橋悠治「光州」についてのノートです。初めて作品に向かい合い、音を出した時に、全身が痛み、頭痛が起きたそうです。

ユン元大統領の「非常戒厳」ノーベル文学賞受賞者ハン・ガンのことなど、内容は深く多岐にわたっています。

どうぞお読みください。

高橋悠治

《光州1980年5月 〜倒れた者への祈祷〜》(1980)

この作品は、私にとって忘れられない体験と結びついている。初めて音源を聴かずに演奏した際、全身が痛み、ひどい頭痛が起きるほどの強烈な何かを感じた。まるでその瞬間、音が直接身体の内側に訴えかけてくるようだった。

1980年の「光州事件」は、韓国現代史の中でもとりわけ悲惨な出来事だ。今でも光州には焼け跡銃痕が残り、土地全体に特有の空気が漂っている。

昨年の夏、韓国滞在中に私はこの街を訪れた。ソウルや釜山、全州など他の都市とは明らかに異なる空気がそこには流れていた。風の流れ、人々の語り口、そして方言——それらすべてが、時を止めたような空気をたたえていた。方言も強く、歴史について熱く語る人が多い地域であったように感じた。

現地のタクシードライバーは、「受験のための数学や英語より、若い世代ほど歴史を学ぶべきだ」と語っていた。そこには、事件を単なる過去として終わらせず、語り継ごうとする強い意志が感じられた。

実際に私の叔父世代には、光州事件に関わった人々もおり、彼らの証言からも、その痛みと記憶がいかに深く根を下ろしているかを実感した。

光州の人々は今なお強いアイデンティティを持ち、その痛みを語り継いでいる。この作品からは、単なる音楽的技巧を超えて、「歴史を決して忘れてはならない」という人間の強い執念、「祈り」「叫び」のようなものが感じられる。初めて演奏したとき、どこか避けたくなるような強烈なエネルギーを感じたのは、そのためだったのかもしれない。

「政治や歴史を音楽に結びつけるのは売名行為だ」と語る作曲家もいるが、この作品はそうした次元を超えたものだと私は確信している。

また、光州事件に関連する作品として、昨年ノーベル文学賞を受賞した韓国の作家ハン・ガンによる小説『少年が来る』がある。ちょうど私が光州事件を学んでいた時期と重なっており、その偶然に深い意味を感じた。韓国国内だけでなく世界中がこの事件に注目するきっかけにもなった。

そして昨年、尹大統領のもとで1980年以来となる「戒厳令」が発令され(その後すぐに解除)、私は「歴史は繰り返すのではないか」と強い不安を覚えた。現代音楽の中にも、こうした時代の気配が確かに存在しているように思える。一見、秩序を失っているようでありながらも、内に深い構造を持つ現代音楽は、もしかすると時代を先取りして予見しているのではないかとさえ感じる。

私の考えだが、世界は今、長い歴史と痛みを経て、再び「1」に戻ろうとしているように見える。この作品は、その回帰の中で「記憶」「祈り」の意味を、私たちに問いかけてくるのだ。

この作品を通じて私は、ただ過去を追想するのではなく、今と未来に向けて「語り継ぐ」一つの責任を感じています。

曺 佳愛(ピアノ) Kae Cho

桐朋学園大学 ピアノ科を卒業し、現在 同大学院修士課程1年に在学中。

第24回 万里の長城杯国際音楽コンクール ピアノ部門 第3位。ザルツブルク=モーツァルト国際室内楽コンクールin Tokyo2023 Special mention賞の受賞をはじめ、

これまで多数の賞を受賞。2022年に桐朋学園大学”春のオープンキャンパス”に出演。同年より、世界の社会問題と関連するチャリティーコンサートを始め、各種演奏会を年に数回主宰及び出演し、これまで動員数300名以上をもたらした。調布国際音楽祭2023に出演。各地音楽祭に、ピアノクインテット(ピアノ五重奏)のメンバーとして出演。現在東京を拠点にソロ、室内楽、現代音楽のアンサンブルや演奏、

また音楽解説(プログラムノート)の執筆など、多岐にわたる活動を行う。

2024年度 韓国教育財団奨学生。これまで、ヴィクトア・トイフルマイヤー、

ウラジミール・トロップの各氏のセミナーを受講。現在、廻 由美子氏に師事。


こちらのブログ「アジアを繋ぐ次世代とは」も併せてお読みください。


2025年6月5日・記


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