松﨑愛〜光への帰還3・ヒンデミット
by 廻 由美子

【新しい耳】@B-tech Japan 2026
〜モダン・タイムス〜第5弾!
2026年10月11日(日)15:30開演(15:00開場)
松﨑 愛(ピアノ)
〜光への帰還〜
E.シュルホフ:ホット・ミュージックWV92(1928)
P.ヒンデミット:組曲「1922年」op.26(1922)
G.リゲティ:ムジカ・リチェルカータ(1951)
10月11日に行われる松﨑愛さんのピアノ・ソロのプログラム、前回はシュルホフをご紹介しましたが(光への帰還2・シュルホフ)、今回はヒンデミット(1895−1963)の「1922年」についてです。
この曲はまさに1922年に作曲されました。
「マーチ」
「シミー」
「夜の音楽」
「ボストン」
「ラグタイム」
この5曲からなっている組曲です。
1920年代のドイツは、黄金のワイマール文化、と言われますが、それは混乱の上に咲いた文化、と言えるのではないでしょうか。
第一次世界大戦直後、敗戦したドイツは、大変な混乱期にありました。
貧困、失業、飢えによる大量の死者、共産主義グループと右翼的な義勇兵との激しい銃撃戦、共産主義指導者の虐殺。
そうした政治的・社会的な緊張が続く一方で、都市ではキャバレーやダンス、映画、ジャズなどの他らしい大衆文化が花開いていました。
ドンパチの横で、「ベルリンで、いちばん可愛い脚をしてるのは、だあれ?」というプラカードを持った人が、「今夜8時半から、キャバレーでダンスだよ〜」と宣伝している、という信じられないグチャグチャの状況が、その時代のベルリンだったのです。
後年ベルリンに移住するヒンデミットは、復員してフランクフルトにいましたが、市街戦はドイツ全土の主要都市に波及しており、銃撃戦は目の前の出来事だったようです。
ベルリンにいた同時代作曲家のクルト・ヴァイルは、「窓の外から銃声や大砲が響く中で」作曲していた、といいますが、逆にそれが、その後の彼らの作風を決定したのかもしれません。
「1922年」を作曲した当時も、ヒンデミットはフランクフルトにいましたが、ヴィオラ奏者として、また指揮者として、ベルリンを頻繁に訪れていました。
音楽作品は、その人の中にある音が外に出てきます。
市街戦の銃声、いたる所にいる失業者、泥棒、殺人者、そして娼婦たちの声、妖しげなキャバレー、麻薬売人、アメリカから来たジャズ、それらの「街の音」は、ヒンデミットの内部深く入り込んでいたことでしょう。
では1曲ずつみてみましょう。
冒頭の「マーチ」は非常に刺激的で、パーカッシヴな曲ですが、敗戦で価値観のひっくり返ったその頃の空気が、直に伝わってきます。それまでの権威をバカにするような、アイロニーに満ちた曲です。
そして次は、キャバレー・ダンスを代表するような「シミー」が続きます。フリンジのついたスリムなドレスが、踊るたびにチャラチャラ揺れる様子が見えるようです。
その後にくる「夜の音楽」は、淫靡、妖艶、官能、といった言葉がピッタリです。
まあ、これはなかなか「18禁」の音楽でありますから、それは聴いてのお楽しみ。
そして「ボストン」。
この「ボストン」という名前は踊りの名前で、もちろんアメリカのボストンが名前の由来です。
ウィンナ・ワルツよりもゆっくり踊るワルツ、というもので、ボストンで流行ったと言われています。スロウなのでその間に愛を囁いたりできるのがいいところですね。
そして最後は「ラグタイム」です。
スコット・ジョプリンなどのアメリカのラグタイムは、心はウキウキと弾み、誰でも踊り出してしまう、という楽しいものですが、ドイツのヒンデミットが書いた「ラグタイム」はまるで違います。
なにしろ攻撃的で、わざわざトゲトゲした不協和音を使いまくり、踊りたくなる、というよりも、何かを破壊したくなる、という音楽なのです。だからこそ刺激的で、一度聴いたら忘れらない、強いアルコールのような効果があります。
不穏な空気が渦巻く混乱期のドイツ、大変なインフレ、貧富の差、そこで花開いたワイマール文化の光と影、それを代表するようなヒンデミットの「1922年」。
松﨑 愛さんの演奏、どうぞお楽しみに!
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松﨑 愛(ピアノ) Ai Matsuzaki
桐朋学園大学ピアノ専攻卒業、副専攻として音楽学専攻修了。同大学大学院音楽研究科修士課程、博士後期課程修了。博士(音楽)。
主に1920年代のベルリンで生まれた音楽を専門とする。
2023-2025年度福島育英会奨学生。
2026年9月11日・記
「新しい耳」全公演会場
東京都港区虎ノ門1-1-3
磯村ビル1F
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