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by 廻 由美子

(前回「シェーンベルク「架空庭園の書」」はこちら

 

さて、前回はシェーンベルクの連作歌曲の傑作である「架空庭園の書」についてお話ししました。

 

 1908年に妻と友人に同時に裏切られたシェーンベルクは、そこから旺盛な、言い方を変えると「異常な」創作欲を見せていきます。

 

「架空庭園の書 op.15」、「モノオペラ・期待 op.17」、その他いくつも書き、とても常人とは思えないほどです。

 

1910年には自分の絵画個展を開くなど、その創造性はとどまるところを知りません。

 

さらに1911年には「6つの小さなピアノ曲 op.19」を書きます(「新しい耳」では5月11日に寺嶋陸也さんが演奏します)

 

1911年5月、ウィーンでマーラーが亡くなりました。

 

シェーンベルクは前述の「6つの小さなピアノ曲」の終曲でマーラーを追悼しています。鐘が永遠の別れに向かって響いていくような曲です。

 

マーラーの死から数ヶ月後、シェーンベルクはベルリンに再び移り住みます。ウィーンでは反ユダヤ主義が高まってきた時期でもありました。

 

そして1912年、いよいよ20世紀音楽の最高傑作の1つである「月に憑かれたピエロ」を作曲、初演します。

 

さて、この傑作の誕生について少しお話ししましょう。

 

シェーンベルクはベルリンで、女優 / カバレット(キャバレー)歌手、アルベルティーネ・ツェーメから委嘱を受けます。

 

ベルギーの詩人、アルベール・ジローの詩「月に憑かれたピエロ」の、オットー・ハルトレーベンによる自由なドイツ語訳を気に入っていたツェーメは、この詩で作曲してもらおうと、シェーンベルクに依頼したのです。

 

さあ、委嘱をしてしまったツェーメはその後、大変な試練の日々を送ったのではないかと想像します。

 

シェーンベルクに、こんな刺激的な響きの詩を見せてしまったら、一体どうなるか。

 

「〇〇に刃物」ならぬ「天才に刃物」です。

 

シェーンベルクは創作意欲に満ち溢れ、熱量ハンパなく、まさに「憑かれた」ように怒涛の勢いで作曲してしまいます。

 

書きたてで熱い湯気を出している楽譜をもらった時のツェーメの反応はどんなだったのでしょう。

 

まさかこのようなものをシェーンベルクが書いてくるとは、彼女も思わなかったのではないでしょうか。

 

ドイツ語詩からくる言葉のリズム、イントネーションが、全てキッチリと書かれている楽譜。🎵や♩の棒の部分に「✖」がついている楽譜。

 

でも、もしかしたら最初は「ふうん、面白いわね」くらいだったかもしれません。

 

恐ろしいのはその後、それがどんなにスーパー・ハードな曲かが解ってからです。

 

ビートもリズムも、あくまでも正確でないと全体が崩れてしまいます。ちょっとしたホコロビが大事故を引き起こすのです。

 

だからと言って正確一辺倒ではダメで、リズム感が自由で、踊るようにイキイキしていないと意味がないのです。

 

音程は、書いてある音程を正確にわかっていなければいけないけれど、「✖」が書いてある音符は、その音程をそのまま出さず、その周辺の音程を出すというか、ちょいズラすというか、語るように歌う、というハイ・レベルなテクニックが要求されます。

 

たまにちゃんとした音符、要するに「✖」がついていない場合もあり、そこは正確な音程を美しく出さなければなりません。

 

「シュプレッヒゲザング」(語る歌)と言われる唱法、ということですが、シェーンベルクの場合は、たとえば浪曲みたいに「清水のオ〜〜〜次郎長はア〜〜〜〜」と伸ばすと、そこに絶妙なタイミングで三味線が入る、というものではなく、歌も楽器演奏も全てが楽譜に書かれているので、これは厄介です。

 

では、お囃子方というかバンドというか、その編成はどういうものかというと、これが振るっていて、フルート/ピッコロ、クラリネット/バスクラリネット、ヴァイオリン/ヴィオラ、チェロ、ピアノ、という組み合わせになっています。

 

シェーンベルク・シリーズでは、この「月に憑かれたピエロ」を、ソプラノの工藤あかねさんと、廻の2人で演奏します。

 

え?なんで2人?お囃子バンドは?と思われる方もいらっしゃると思いますが、なんとピアノ1台でチンドンやるのです。

 

エルヴィン・シュタイン(1885〜1958)という人が、1923年にピアノ1台にアレンジしているのですが、シェーンベルクが横で恐い顔をして見ているのか、スコア全ての音をピアノ1台に入れようとするあまり、ヤケにフクザツ困難な楽譜となっています。

 

なにしろこの作品はものすごく立体的で、多声的、リズムもそれぞれ、メロディーも絡み合う

 

その上、いっぺんに鳴り響くそれぞれの声部の調性が、それぞれ違うのです。

 

それがフレーズごとに、いや、拍ごとに、いや、時には半拍ごとに、まるで万華鏡がパッパッと変わるように変化する、それを1人でやるわけです。

 

 最初は楽譜が悪魔に見えて、身の危険を感じるほどでしたが、だんだんとモーツアルトが、ショパンが、シューマンが、スカルラッティが、そしてバッハが聴こえてくるようになりました。

 

まるで大作曲家たちが時空を超えてカフェに集まり、ワイワイ喋っているような、またはキャバレーの暗がりで、ちょっとヤバい話をしているような、そんな光景も浮かんできて、今では大好きなレパートリーの一つになりました。

 

それに、ピアノ1台でやると、グッとストリート感が増し、手回しオルガン、ミュージック・ボックス、ベル、なども表現できるので、とても楽しいのです。

 

工藤あかねさんとは「月に憑かれたピエロ」のCDもリリースしています。

 

ぜひ、生演奏を聴きにいらしてください。カップリングはキャバレー・ソング「ブレットル・リーダー」です!(ブログ:キャバレーとシェーンベルク

 

この「月に憑かれたピエロ」をやるコンサートは

 

「新しい耳」@B-tech Japan

シェーンベルク・シリーズ

 

2024年5月12日(日)

15:30開演(15:00開場)

 

工藤あかね x 廻 由美子

〜背徳と官能〜

 

シェーンベルク:ブレットル・リーダー(1901)

シェーンベルク:月に憑かれたピエロ(1912)ピアノリダンション版

 

チケットはこちら

 

限定25席ですので、お早めにご予約ください。

 

 

次回は「月に憑かれたピエロ」の詩について、その大意をお伝えいたします。


廻 由美子

2024年3月14日・記


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