top of page

20年代の400年 その2

by 廻 由美子


前回のブログ「20年代の400年その1」はこちら。
前回のブログ「20年代の400年その1」はこちら

以前流行した海外ドラマに「ダウントン・アビー」というのがありました。

20世紀初頭のイギリス。大邸宅に住む伯爵一家の物語ですが、名ソプラノ歌手、キリ・テ・カナワが「名ソプラノ歌手の役」で出演したことがありました。

印象に残る場面は、邸宅内コンサートの豪華さよりも、伯爵夫妻の当日ディナーについての会話です。

伯爵は、ソプラノ歌手が家族のディナーに同席するなど思いもよらないらしく、歌手の夕食は使用人と一緒にキッチンに用意すれば良い、などと言うのですが、アメリカ人である伯爵夫人が、「陛下の前で歌った人になんということを!」、と怒る、という場面です。

ヨーロッパの貴族社会で音楽家がどういう位置にあるかがよくわかる一コマでした。

もちろん芸術家にリスペクトはあったでしょうし、歌手ではなく、作曲家、ならだいぶ違ったでしょうが、20世紀においてもなお、音楽家はこういう扱いを受ける、ということですね。

それでも少しずつ、進化はしてきたと言えるでしょう。

今日はベートーヴェンシューベルトについて、です!

ベートーヴェンは1770年に生まれていますから、フランス革命が没発した1789年にはちょうど血気盛んな19歳、ということになります。

もとより血の気の多いベートーヴェンがフランス革命に影響を受けないはずはありません。そしてナポレオンの登場!

フランス革命やナポレオンについて、あまり知識のない私がアレコレいうのもおかしな話ですので黙ってますが、とにかくフランス革命は「劇薬」のようなものだった、と何かの本で読んだことがあります。

ベートーヴェンは1792年にボンからウィーンに移り住み、貴族たちと交流します。

「劇薬」のおかげで時代の空気は確かに変わり、貴族たちにも「庶民ともうまくやろう」という空気が生まれたようです。(もちろん自分たちの立場を守るためでしょうが)

ベートーヴェンは「パトロン」を積極的に探し、ルドルフ太公など強力なバックをつけることに成功しています。

卑屈にならず、その才能で人を惹きつけ、世の中にズンズン出ていく、社会状況にも反応する、という現代的な音楽家の誕生です。

では、シューベルトはどうでしょう。1797年生まれのシューベルトはベートーヴェンの子供世代と言ってもいいでしょう。「会議は踊る」の映画で有名なウィーン会議は1814年〜1815年、青年期にさしかかる頃にウィーン体制、ということになります。

保守的かつ抑圧的な時代に生きたのですね。

そんな時代だからこそ、人々の楽しみは音楽やダンス、文学や詩で、劇作家、詩人や音楽家など、「シューベルトと仲間たち」の集まる音楽会「シューベルティアーデ」があちこちで催されます。

「仲間」という言葉、あまりそれまでなかったような気がします。

音楽家の付き合いは、雇い主の王侯貴族であったり、教会であったり、パトロンであったり、仲間と言っても「仕事仲間」であったり、もちろん尊敬、親愛、共感、もあったと思いますが、その関係には常に金銭的、かつ、権力的緊張感が漂いますし、気のおけない仲間と音楽をする、というのはあまりなかったかもしれませんね。

もちろんその時代、宰相メッテルニッヒは厳しい検閲を行い、反動は許されず、詩を扱う「シューベルティアーデ」にも秘密警察が入り込むなど、自由とは言えない面も多々ありました。

でも先ほども言ったように「本当の仲間」と音楽をやる幸せ、を味わうことができたのは、それも時代のなせる技だったのかもしれません。

「ここではない何処か」を希求する、刹那的幸せではありますが。

寺嶋陸也さんにはベートーヴェンやシューベルトを、テッセラ音楽祭の頃から何度も演奏していただきました。毎回演奏後に悲鳴に近い歓声が上がるほど。お楽しみに!

残席僅少です!

寺嶋陸也ピアノ・ソロ〜20年代の400年

日時:5月10日 15:00開場 15:30開演

会場:B-tech Japan 東京スタジオ(東京都港区虎ノ門1-1-3 磯村ビル1F)

S.シャイト:イギリスの運命の女神の歌

F.クープラン:クラヴサン曲集 第3巻 第13オルドル

L.v.ベートーヴェン:6つのバガテル Op.126

F.シューベルト:12のレントラー D790 Op171

D.ショスタコーヴィチ:アフォリズム Op.13

寺嶋陸也:瞑想曲~西村朗追悼


2025年2月14日・記

記事の全アーカイヴはmimi-newsで!

mimi-tomo会員(無料)になっていち早く情報をゲット!


Comentários


bottom of page