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シェーンベルクとカンディンスキー

by 廻 由美子


前回の「E.シュルホフとシェーンベルク」についてはこちら

シェーンベルクが絵を描くことにも熱中していたのは有名ですが、その絵への愛が画家のゲルストルとの交友関係を深め、しかしそのゲルストルはシェーンベルクの妻、マティルデと不倫関係となり、さあ大変、というお話をこちらのブログでしましたが、シェーンベルクの音楽が画家を熱中させたケースもありました。

熱中したのは、ワシリー・カンディンスキーです。

1911年にカンディンスキーはシェーンベルクのコンサートに行き、共感の嵐となったようです。

カンディンスキーはさっそくシェーンベルクに手紙をしたためます。

「「今日の」この絵画的、音楽的な不協和音は「明日」の協和音にほかならないのです」(シェーンベルク/カンディンスキー「出会い」土肥美夫訳、みすず書房)

さて、それから100年以上経った今、シェーンベルクが書いた音楽は「明日の協和音」として受け入れられているのでしょうか、という問題はさておき、シェーンベルクの音楽が画家カンディンスキーの心を大きく動かしたことは間違いありません。

もちろん彼の言葉にシェーンベルクも心動かされ、カンディンスキーが別のジャンルの芸術家であることも「ことのほかうれしい」と言っています。

シェーンベルクは上記ブログのように大変な夫婦の危機を経験していましたし、カンディンスキーも実は結婚していながらも、彼を師と仰ぐ若き女流画家のガブリエレ・ミュンターと親密になり、一緒に住み、新たな表現を求める芸術グループ「青騎士」の活動をやるなど、それぞれ波乱に富んだ生活を送っていたのですが、シェーンベルクもカンディンスキーもエネルギー満開で、芸術の未来に向かって旺盛に仕事をし、傑作を次々と世に送り出していました。

新しい創作欲に満ちた芸術家2人の手紙のやり取りは、互いへの尊敬と芸術愛に満ちた本音トークで埋め尽くされ、ジャンルの違う芸術家同士の深い信頼を感じさせます。これぞ自分たちで築き上げた「アーティストシップ」と言えるでしょう。

シェーンベルクは芸術雑誌「青騎士」の第一回目に寄稿していますし、芸術家同士の友情ははますます発展していくと思われました。

だがしかし、ここに第一次世界大戦が起こってしまい、全ては変わっていきます。

2人の手紙のやり取りは1914年で一旦途絶え、その後再開するのは1922年ですが、

お互いの状況を報告しあい、「ぜひお会いしたい」と友情を確かめ合ったのも束の間、翌1923年にはシェーンベルクのトーンがまるで変わってしまいます。

シェーンベルクはカンディンスキーに「私はドイツ人でもなく、ヨーロッパ人でもなく、実はおそらく人間ですらなく」と書き、続けて「ユダヤ人だということです」と書いています。

そして、さらには「カンディンスキーという人もまた、ユダヤ人のふるまいに悪いことしか見ない、悪いふるまいの中にユダヤ的なものしか見ない」と私は聞きましたが、と書いているのです。

「相互了解への希望を放棄」「夢は過去のもの」といった言葉を並べ、「私たちは別の人間です」と書いています。

文面すべてが痛々しく、手紙から血が流れているようです。

尊敬し合う友人同士が、なんでこんなことになったのでしょう。

どうもシェーンベルクは「カンディンスキーは反ユダヤ」という噂を吹き込まれたらしいのです。

そんな噂を振り撒いた酷い奴は誰であろう、なんと、アルマ・マーラーその人であったと言われています。

アルマはその時はバウハウスの創立者であるグロピウスと結婚していましたが、カンディンスキーに言い寄ってフラれ、その腹いせに「カンディンスキーは反ユダヤよ」と言いふらした、というのが真相らしいです。まったくヒドイ話です。

シェーンベルクから絶交のような手紙を送られたカンディンスキーは「えっ!なんでそうなるの!?」と衝撃を受け、すぐに「そんなことを私が言うハズがないではないか」という意味の手紙を書き「たとえあなたが私を引き裂いても」自分の尊敬の念は変わらない、と言いますが、シェーンベルクはさらに長い手紙を書き、内容はさらに凄まじくなっています。

のちに誤解はなんとか解けたようですが、以前のような熱い芸術家同士の交友は姿を消してしまいました。

ナチスが政権を握ると、シェーンベルクはアメリカへ亡命し、カンディンスキーは占領下のフランスで生涯を閉じました。

この本(シェーンベルク/カンディンスキー「出会い」土肥美夫訳、みすず書房)に収められた1936年の最後の手紙はカンディンスキーからシェーンベルクへのもので、最初に湖畔で知り合った時の思い出を書いています。シェーンベルクは白い服を着て、自分(カンディンスキー)は短い皮ズボンだった、と。それは、新しい境地を模索し続ける天才芸術家2人が出会った、幸福な瞬間でした。

そして当時の「うるわしい時代」について、どんなに「生命が脈打ち」「精神の勝利」を期待してたかを書いています。

時代の波はどうしようもないでしょうが、この2人の友情が亀裂なく続いていたら、と思わずにはいられません。

廻 由美子

2024年4月26日・記

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