【月に憑かれたピエロ】歌詞大意
詩:アルベール・ジロー(1884) / ドイツ語詩:オットー・エーリヒ・ハルトレーン(1892)
第1部
【月に酔う】
目で飲む酒は、月が波に注ぎこむ。潮が溢れ、甘美な欲望が波を渡っていく。
詩人は恍惚として、啜り込む。
【コロンビーネ】
月光の、蒼ざめた薔薇。おお、そのひとつでも手折れたら、おまえの髪に散らせることができたなら。私の憧れは満たされように。
【伊達男】
月光の帯が降り注ぐ化粧台。ベルガモ男は真っ白くピエロの化粧をする。水晶の小瓶がキラキラと輝き、水は迸って甲高い声で嗤う。
【青ざめた洗濯女】
夜中に色褪せた布を洗う青ざめた洗濯女。むき出された銀色の腕。風が忍び寄り、流れを微かに揺らす。天上の乙女たちが、光の布を暗い野原に広げる。
【ショパンのワルツ】
病人の唇を彩る血の滴のように、破滅へと誘う音。荒々しい欲望の和音。熱く声をあげ、甘く苦悩する暗いワルツは、私の思いにまとわりつく。血の滴のように。
【聖母】
おお、すべての苦しみを背負う聖母よ、我が詩の祭壇にあがりたまえ。生々しい傷、痩せ細った両手で息子の屍を抱き、指し示し、人々は聖母から目をそむける。
【病める月】
暗く、死に瀕した月よ。熱を帯びた巨大な眼差し。恋の苦しみと憧れに胸塞がれて、おまえは死ぬ。その煌めきは、恋人のもとへ急ぐ者たちを喜ばせる。
第2部
【夜】 どす黑く巨大な蛾が太陽の煌めきを抹殺する。封印された魔法の書、地平線は 沈黙する。葬った記憶の霧から香りが立ち上り、怪物が人の心に降りてくる。
【ピエロへの祈り】 ピエロ!私の笑いは何処へ行った!明るい光景なぞ消え失せた。魂を矯正してくれるお医者さんよ、頼むから返して欲しい。詩の雪だるまを、月の貴人を!
【盗っ人】 気高い真っ赤なルビー、廃墟にしたたる血みどろの雫が棺の中にまどろむ。ピエロは盗もうとするが恐怖に立ちすくむ。ルビーの眼が彼を睨めつけたのだ。
【赤ミサ】 おぞましい晩餐、蝋燭の揺らめきの中ピエロは祭壇へ向かう。神に捧げた手で 司祭の衣を引きちぎり、心臓を血みどろのホスティアとして取り出すのだ。(注・ホスティア=元来は生贄の意、ミサに「聖体」として用いられるパン)
【絞首台の歌】 ガリガリで頸の細い娼婦が、彼には生涯最後の恋人になるだろう。針のように 脳天突き刺し、頸から垂れるお下げ髪。ねっとりと悪党の首に絡みつく娼婦。
【斬首】 月よ、むき出しの半月刀よ。お前は漆黑の夜陰から、亡霊のように地上を脅かす。ピエロは自分の罪深い首に半月刀が落ちるのを予感し、恐怖てで気を失う。
【十字架】 詩は聖なる十字架、詩人は黙して血を流す。ハゲタカの亡霊が四方から突き、 人喰いの剣は血に染まる。死に捧げられた頭から意識が遠のき、太陽は沈む。
第3部
【郷愁】
イタリアの年老いたパントマイム役者。心の砂漠に響く吐息。すると憧れは月の青白い波を抜け、故郷の空へ向かって高く飛んでいく。
【卑劣】
叫び声を上げるカッサンドロのツルツル頭に、ピエロは穴をあけ、トルコ煙草を詰め込む。そして煙管を後ろからねじ込み、プカプカとふかす。
【パロディ】
輝く網み棒を白髪にさして座っているお目付女。彼女はピエロに恋い焦がれているのだ。微風が忍び寄ってクスクス笑い、月は意地悪くキラキラする。
【月の斑点】
生暖かい夜、ピエロはそぞろ歩く。黒い上着の背には明るい月の斑点。待てよ!これは漆喰か?拭けども落ちないシミを、彼は朝まで擦り続ける。
【セレナード】
グロテスクなほど大きな弓で、ピエロはヴィオラを弾く。陽気なピチカート。
突然、深夜の巨匠に腹を立てたカッサンドロ登場。ピエロはヴィオラを投げ捨て、彼のツルツル頭をひっ掴んで弾き始める。
【帰郷】
睡蓮の小舟、月光の櫂。ピエロは南を目指す。低く唸る流れに乗って、ベルガモへ、故郷へ。もう東方はほのかに夜明け。
【おお、懐かしい香りよ】
懐かしき昔の香り、もう一度だけ酔わせておくれ。ずっと侮ってきた喜びへの願いが、今は嬉しいのだ。窓から眺める海原。おお、昔の、懐かしい香りよ。
(工藤あかね / 廻 由美子)