第3夜 interview !

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第3夜 高橋悠治の耳 vol.13 〜修羅の子供たち〜
ゲスト:工藤あかね(ソプラノ)

ジュラ・チャポー: Orpheid (2020)2’30”
高橋悠治:祖母のうた(詩:木村迪夫)(2015) ※
ヤーコプ・フローベルガー :Tombeau fait à Paris sur la mort de Monsieur Blancrocher (1652) 
戸島美喜夫(1937−2020):ヴェトナムの子守唄(1980)
〜休憩〜
高橋悠治:黒い河(俳句:山本幡男)(2020)初演 ※
フェルッチョ・ブゾーニ Berceuse (1905)
高橋悠治:修羅の子供たち(詩:藤井貞和)(2013) ※
(※は歌・工藤あかね)

音楽祭実行委員会が主宰の廻 由美子に聴きどころをインタビューいたしました。以下、実行委員会は「耳」とさせていただきます。


耳:高橋悠治の耳もVol.13となるのですね!


廻:唯一無二の音楽家が毎回秋に出てくださるとは、ありがたいことです〜。
テッセラですと演奏家との距離が近いので、毎回高橋悠治さんの音楽の波動をいっぱいに浴びて、存在そのものに感動しちゃうし、もうどれだけの宝をいただいたか、計り知れません。


耳:今回はゲストにソプラノの工藤あかねさんですね!


廻:そうなんです!お二人の組み合わせを初めて聴くので、とても楽しみです。工藤さんとは私もテッセラで2度ご一緒しましたが、あかねさんの声を聴いていると、まるで森林浴しているみたいに気分が良くなってくるんです。とても知的な音楽家であると同時に、ビックリするような勇気をお持ちで、破天荒な面もあって、高橋悠治さんとの共演が、楽しみすぎです!


耳:今回のプログラムでは、工藤さんはプログラム中の高橋悠治作品を歌う、
ということですね。


廻:そうですね。では歌のことからお話しさせていただきましょうか。
  まずは「祖母のうた」。詩は木村迪夫(きむらみちお・1935〜)さんで、山形県の方ですね。
木村さんのおばあさまが蚕を飼いながら、兵隊に取られた2人の息子のことを御詠歌の節にのせて歌っているのを書き写したものに、高橋悠治さんが曲をつけられた、ということです。方言の響きがなんとも音楽的でいいですね〜。


耳:方言ってどれも標準語にはない音楽的な感じがありますもんね。

廻:そうなんです。私は東京育ちで方言も民謡も持っていないので、憧れます。
  
耳:では次は、「黒い河」のお話しを。新作初演ということですが。


廻:山本幡男さんにによる俳句を高橋悠治さんが作曲されました。

山本さん(1908〜1954)はソ連領内アムール河のほとりにある日本人捕虜収容所で句会を組織され、そのおかげで何人もの日本人捕虜が過酷な状況の中でも文化の力によって希望を持ち、精神的な生活ができた、ということです。
  山本幡男さんご自身は収容所で病死され、日本を再び見ることはありませんでした。でも彼の遺稿は仲間が「記憶して」日本に持ち帰り、ご家族に届けられたんです。なぜ仲間が記憶したかというと、紙に書いた物はどんな小さなメモでも全て没収されるからです。その様子は辺見じゅん著「収容所から来た遺書(文春文庫)」という本に書かれています。私も読みましたが、全く想像を絶する状況です。
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167342036


耳:・・・・・


廻:でも山本さんはなんとかして文化的生活を皆に送らせようとして、句会を開いたのですね。もちろん凍りつく中で飢餓状態で一日中重労働した後に、目立たないように集まって。


耳:人間として生きるために、ということなのですね・・


廻:人間か、人間でなくなるか、ギリギリのところを踏みとどまるために人類は文化を紡いできたわけですから。人間の心の中まで束縛しようという体制下でも、文化芸術の力で精神は自由で豊かでいることができる、という山本さんの強い信念を感じました。


耳:今の時代こそ読むべき本ですね〜・・・・。
さて、「修羅の子供たち」についてはどうでしょう。


廻:詩は藤井貞和(1942〜)さんです。いじめがテーマで、自殺した子供たちの霊が校庭を風になって吹き回る、という、、。


耳:これも今の時代にあまりにフィットしてますね。


廻: 本当はいじめ問題なんかなくなっていて、この詩が時代にフィットしてない方がいいわけですが。


耳:この詩がたくさん読まれて、この歌がどんどん歌われることを願うばりです。


廻:そうなんです。どんどん歌われなきゃです!
 

耳:お話を聞いていると大変な歌ばかりですね。
 

廻:そう聞こえてしまいますね〜、ごめんなさい。ついつい力が入って話してしまいました。

でも高橋悠治さんの音楽は、海みたいに永遠な感じがあるので、言葉が音楽になって浄化されているような気がします。私、高橋悠治さんの作品聴くとよく涙が出ちゃうのですが、浄化されるからかな・・・
  工藤あかねさんの感性との化学反応が楽しみです!!


耳:それは楽しみ!!さて、高橋悠治さんのピアノソロについて、どんな作品を演奏されるのでしょうか。


廻:ジュラ・チャポー(1955〜)はハンガリーの作曲家で以前に悠治さんが彼の「砂漠の行進」という曲をテッセラで演奏した時、その時はカナダに住んでいたチャポーさんが飛んでいらしたんですよ。「Yuji Takahashi が僕の曲を弾くというではないか!!」と。演奏を聴いてもう大興奮でした。
そして、フローベルガー(1616〜1667)は、バッハ以前の作曲家。なんでも
フローベルガーに本を見せようとして梯子から落ち、死んでしまったリュート奏者のために書かれたようです。


耳:なんと!しかしその本はずいぶん高いところに置いてあったのですね。


廻:服も今みたいに機能的じゃないですからね。危ないですよ。
  
耳:そして、戸島美喜夫(1937〜2020)さんの曲。


廻:戸島さんは高橋悠治さんの仲間でした。「でした」というのは、なんと今年亡くなられて・・・私も大好きな作曲家で、作品も東南アジアから日本への音楽の移動が感じられるようで、人間的にも素敵で魅力的な方だったので、ショックでした。テッセラにもいらしてくださって。

高橋悠治さんは戸島さんの作品で「冬のロンド」というC Dを作られてますね。
https://www.hmv.co.jp/artist_戸島美喜夫_000000000413944/item_冬のロンド-piano-Works-高橋悠治_3547533


耳:今回は追悼の意味もあるのでしょうね。


廻:はい。音楽の大きな意味のひとつですね。音楽家同士の魂の語らい。
  その昔は敵方武士をも琵琶で弔ったりしてますよね。

耳:どの作品もそれぞれ意味があって、演奏される必要があって、という本当に大切な一夜だと改めて思いました。

ありがとうございました。

 

第2夜 interview !

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第2夜 田中信正✖️廻 由美子 ~春の祭典~

前半

田中信正:ピアノ・ソロ

ヴィラ=ロボス:ブラジル風バッハ第5番より「アリア」(2pf)

ピアソラ:ブエノスアイレスの四季(2pf)

後半

ストラヴィンスキー:春の祭典(2pf)

音楽祭実行委員会が主宰の廻 由美子に聴きどころをインタビューいたしました。

以下、実行委員会は「耳」と表記させていただきます。

・・・・・

 

耳:田中信正さんとは初めてのデュオですよね。

 

廻:ハイ!初めてでワクワクです!彼のピアノは本当に素敵です。

 

耳:田中さんはジャズ・ピアニストとしてご活躍ですが、どうしてご一緒にプレイすることになったんですか?

 

廻:以前の音楽祭に2回ご出演くださったジャズ・ヴォーカルのHISASHIさん(第20回、第22回)が信正さんとよくご一緒にやっていたので、それでお会いしました。そしたらなんと、ノブ(田中信正)が私の「J.Sバッハ/トッカータ全曲」のC D(WWCC-7296)を持っていて、好きで聴いて下さっている、ということで、「わ~い!」と単純に喜んだりしてね。それはともかく、彼のピアノが本当にアーティスティックで、現代絵画のようだったので、スグに大好きになりました。

 

耳:今回は近代クラシックですよね。プログラムについてはご一緒に決めたのですか?

 

廻:「春の祭典」だけは先に私が決めていました。彼と絶対やりたかったので。

  あとはメールのやりとりで割とスグに決まりました。

 

耳:田中さんのソロ、ヴィラ=ロボス、ピアソラ、そして後半に「春の祭典」ですね。そのプログラムについて少しお話し下さい。

 

廻:まずは田中信正さんのピアノソロで始まります。これは彼が考えてくれています。「どうしようかな、響き系が良いかな・・」とか言って。

そしてそれが終わりそうになったら私がなんとなく入り、ヴィラ=ロボスへと誘導していく、という段取りです。 

 

耳:本番聴かないと、なんともわかりませんね。

 

廻:そうですね。口では説明できない感じですね。でもリハーサルはしてますよ。

 

耳:ヴィラ=ロボスはどんな曲ですか?

 

廻:これが美しいのなんのって。短い曲で本来はソプラノとオーケストラの曲で、「ブラジル風バッハ第5番」という曲の中の「アリア」です。ヴィラ=ロボスはブラジル人で、ブラジル奥地に入って民謡を採集したり、ブラジル人としてのアイデンティティをしっかりと持って創造活動した人です。だからこの曲もブラジルの夕焼けのように、見たことはありませんが、美しいんです。

 

耳:ブラジル、というとサンバとか、ボサ・ノヴァ、とかが思い浮かびます。

 

廻:奥地にはもっといろいろな音楽があるし、まさに宝庫ですね。彼にとってはクラシックを学ぶこととブラジル音楽を探求することにあまり溝がないように感じます。そこが彼の大いなる魅力です。今回はギターと歌バージョンの楽譜を基本的には使うのですが、まあ、ノブと私でいろいろと・・・・楽しみにしててください。

 

耳:では次のピアソラ「ブエノスアイレスの四季」ですが。

 

廻:ピアソラ、すごいですよね~、タンゴの革命家!でも私たちはちょっと変わったアプローチです。

ピアソラのバッハ愛って熱いと思うんですよ。だから弾いているとどんどんバッハになったりするんです。

 

耳:どんどんバッハに・・そういえばバロックっぽい気もします。

 

廻:また、それだけではなくて、音楽って人間と共に移動を重ねてきてるじゃないですか。だから歌も楽器もリズムも音階もいろいろな出会いの経験をしてる、って感覚があるので、それを表現したいと思ってます。

でも彼の音楽家としての態度、「媚ない」「甘くない」「革新的」「壊して創る」という本質は絶対にはずさないですが。

 

耳:さて、ではいよいよ「ハルサイ」(春の祭典)について。

 

廻:こんな凄い曲、ちょっとないですね。どうしてこんなことができたんだろう・・最初から最後まで信じられないです。

 

耳:本当に。ではまず曲が長いので、構成を教えてください。

 

廻:曲は大きく第1部と第2部に分かれていて、それぞれこんなタイトルがついています。

第1部「大地の礼賛」

序奏 / 春のきざし / 誘拐 / 春の輪舞 / 敵の部族の遊戯 / 長老の行進 /

長老の大地への口づけ/ 大地の踊り

第2部「生贄の儀式」

序奏 / 乙女の神秘的な踊り/ 選ばれし生贄への賛美 / 祖先の召還 /

祖先の儀式 / 生贄の踊り

 

耳:たくさんありますね・・

 

廻:ハイ、でも「どこがどこ」とか思わなくて全然オッケーです!ただ、こういう風に文字を見ると、「春」「長老」「大地」そしてだんだん「生贄」「儀式」とかおっかなくなってくるのがわかりますよね。それだけでいいと思います。

 

耳:「春」と「おっかない」はあまり似合いませんが。

 

廻:日本の「春」はだいたいは優しいイメージですが、この音楽の中にある春はもっと凄まじいわけです。

冬の間ガチガチに凍結されていた大地が起きると生命が一斉に活動を始めるわけですね。大地の心臓が強くビートを打ち始める、雪解けの濁流は手のつけようもなく、生贄を差し出して鎮めるしかない。これはもうドイツロマンの「美しい五月」などとは全然違う世界です。

 

耳:それは「春」についてのイメージが拡張されますね。

 

廻:土地によって春も違いますしね。ところで、ストラヴィンスキーがなぜこの曲を書いたかというと、彼の自伝によると「束の間の幻影を見た」ということです。それがどうやら異教の祭典で、輪になって座った長老たちが死ぬまで踊る若い娘を見守る、その娘は春の神を鎮めるための生贄である、というような。

 

耳:それが「春の祭典」という曲になったのですね!

 

廻:ということですね。でもまあ幻影は他の人も見るかもしれない。でもそれを音楽にする、サウンドを構築する、あらゆるパートのあらゆるリズムを明確に記譜する、楽譜に隅々まで書く、なんてことは天才の作曲家じゃなきゃできる話じゃないですよね。一音ずつストラヴィンスキーの凄さに触れる思いです。

 

耳:では楽しみにしています!

(終)

 

第1夜 interview !

 
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第1夜 松平 敬✖️中川賢一 ~冬の旅~

前半 シューベルト:「白鳥の歌」より 猟師の娘/街/アトラス/影法師

後半 シューベルト:「冬の旅」

音楽祭実行委員会が主宰の廻 由美子に聴きどころをインタビューいたしました。以下、実行委員会は「耳」と表記させていただきます。

 

耳:現代音楽シーンで最も信頼される演奏家たちであり、引っ張りだこのお二人によるシューベルト、とは大変興味深いですね。

 

廻:松平氏も中川氏もクラシックの古典を、技術的にも解釈的にも極めていらっしゃるからこそ、現代音楽シーンでも活躍されていらっしゃるわけで。ですから私は「シューベルト」と言われても全然ビックリしませんでした。

それどころか、前回お2人にご出演いただいた時(第24回)、シューマンや「イノック・アーデン」をお聴きして、このお二人のシューベルトは絶対に聴きたい、と思っていたくらいで。

(イノックアーデンは以下URLより視聴可能です。)

https://youtu.be/LCb4Ai4a1jU

 

耳:なるほど。古典の技術と理解あっての現代音楽ということですね。

 

廻:だって音楽は1日も途切れることなくず~っと続いきていますから、

  過去を理解しないと、そこから続いてる現在も理解できませんよね。このお2人の古典への愛と理解力は本当に素晴らしいです。

 

耳:さて、今回は「冬の旅」で一度休憩を取りますよね。これはやはりコロナ禍での「換気」を考えてでしょうか。

 

廻:いえ、実はそうではないんです。

 

耳:え?違うのですか?

 

廻:シューベルトは1823年に「冬の旅」最初の12曲を書き上げたのですが、詩を書いたミュラーが新たに12の詩を書き加えたことを知り、既に作曲してあるものを第1部とし、第2部として1827年に新たに12曲を書き加えました。

その理由から松平さんが、コロナ禍よりずっと前に「12曲と13曲の間に休憩をとった方が音楽的に自然ではないかと思う。」とおっしゃり、小休憩を入れることにしました。はからずも「換気のため」にも良いことになったのですが。

 

耳:そういう経緯だったのですね!

  ところで、「冬の旅」も、前半に演奏される「白鳥の歌」もシューベルト晩年の作品ですが、初期の作品との違いはどんなところにありますか?

 

廻:やはりシューベルト自身が病気になってしまったことが大きいでしょうね。

  梅毒と言われていますが、病状はどんどん進行するし、常に死の影に怯えながら生きるわけで、聴こえてくる音が健康な時とは全く違いますよね。

最晩年の「白鳥の歌」、これは歌集ではなく、シューベルトの死後に遺された歌を友人や出版社がかき集めて出したものですが、今回の歌(猟師の娘/街/アトラス/影法師)、4曲とも不気味で、こんな恐ろしい不協和音が彼の中に鳴り響いていたかと思うと、寒気がします。自身の内側で鳴る音からはどうしたって逃げられませんからね。

 

耳:音が聴こえるって怖いですね・・・。

「冬の旅」の方は人気が出たのですか?

 

廻:いや~、仲間たちですら、あまりに不可解で褒めようがなかったようですね。

 

耳:それが「歌曲の金字塔」と言われるまでになった。

 

廻:良いものはどんなに弾圧しても残りますからね。

 

耳:「弾圧」といえば、シューベルトの時代は言論の自由がなかったようですね。

 

廻:メッテルニヒ体制下ですからね。公安警察がシューベルティアーデにもウロチョロ。歌曲は言葉を扱うし。要注意人物というわけです。

 

耳:詩人も音楽家も大変な時代、そんな中で書かれた傑作ですね。

 

廻:初演当時に理解されなくても、音楽家たちが細い糸を紡いできました。今では押しも押されぬ大傑作ですが、そんなたいそうなことよりも、この「危うさ」を理解してこれからも紡いでいくことが大事だと思います。

今の時代、特にね。

 

耳:楽しみです。

(終)

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